2010年05月 28日
土佐の高知はヤッパリ坂本龍馬
高知龍馬空港に着いてからは、やたらと坂本龍馬のポスターや幟が目に付く。
高知の市街地へ出てもヤッパリ坂本龍馬だらけだ。
高知へ来た以上、一応、観光名所となっている桂浜へ行って見たが、
平日にもかかわらず龍馬像の前には沢山の観光客が群がっていた。
私は幕末の人物の中では新撰組の土方歳三贔屓なので、
龍馬像の前に立っても何の感慨もなかったが、
若い女性の観光客たちなどは感激して騒いでいた。
土佐には長宗我部元親、山内一豊、板垣退助、岩崎弥太郎、武市半平太など
歴史に名を残す人物が沢山いるのに今は、坂本龍馬一色だ。
やはり、NHKの大河ドラマの影響は大きいのだろう。
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リゾート物件情報Webへ2010年05月 21日
酒田市内。これからお祭り
早朝に庄内空港に到着。
そのまま酒田市内に入ったら、ちょうど酒田祭りの日、普段より人は
多いが、あいにくの雨で出足は遅そうだ。
酒田駅で電車を待っていたら、会場に向かう行列に出会った。
午後には山車も出るらしい。
0番線の羽越線で新庄に向かう。
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リゾート物件情報Webへ2010年05月 21日
箱根・湿生花園 ヒマラヤの青いケシ
その年の天候によって左右される紅葉と違って、新緑の美しさはいつの年も
間違いなし、と言ったひとがいた。
遅い、早いはあるけれど、たしかにそうだ。
仙石原の湿生花園でも、もえるような新緑に花々が映えて、美しかった。
満開を迎えたクリンソウ、ドイツスズラン、ズミ、アズマシャクナゲ。※5月16日
時点。ピンボケご容赦。
「芦の浮船」など、品種ごとに優美な名がつけられたカキツバタはこれから。
信州ではおなじみのミズバショウやニリンソウは、ここでは終わっていた。一方、
レンゲツツジやコマクサは、”本場”より1カ月は早い。
いのち萌ゆるは植物だけじゃない。注意:ムシの苦手な方は、写真を大きくしない
ほうが無難かも。^^;
箱根町立箱根湿生花園は1976年、開園。
地元の植物だけでなく、全国の湿地帯や高山から収集した植物(海外の品種も
少数)を、わかりやすく名札をつけて提示している。
生きた植物図鑑のような園だが、今の時期はある目的で足を運ぶひとが多い。
目的とは、青いケシとの邂逅。
咲き始めの1、2輪をみることができた。
青いケシは標高3000m?5000mのヒマラヤやチベットに自生。
幻想的な青の色に魅了されるのか、毎年の開花期には見物客が集中、花の
周りをカメラの三脚で占拠しないようにと警告の看板も立てられた。
大阪市の植物園「咲くやこの花館」でも開花がニュースになっているが、
咲かせた場所は冷房室とか。
ネットで調べていたら、種から花を咲かせるまでの苦労話や、何度トライしても
ダメだったなど、悲喜こもごもがつづられたブログにいくつも出会った。青いケシ、
なぜか高温多湿の関西圏に熱心なファンが多いようだ。
かなわぬ夢だからこそ、力を尽くして追い求める。そんな気持ちにさせてくれる
花なのかもしれない。
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リゾート物件情報Webへ2010年05月 15日
東京 湯沢 長野 桜、さくら…
東京ではとっくに終わってしまった桜だけど、今頃は北海道の函館あたりで
満開を迎えているようだ。
今さらながら、この春の桜は花期が長かったと思う。
例年なら3月下旬の開花が寒冷前線によって遅れ、咲いたと思ったら、再び
寒冷前線の襲来。これが繰り返されて、花は散ることなくキープされたまま、
4月半ばまで咲き続けた。
写真は、さまざまな品種の桜がつぎつぎに開花する広大な庭園を眺めながら
食事ができる白金・八芳園の2階にあるレストランのオープンテラス。
4月の2週目、本来なら葉桜の時期、満開の桜に出会えた。ラッキー!
・・・ではあるのだが、この日は朝から気温が低く、日が暮れると風も出てきて、
体感温度は5℃くらい!テラスには大型のパラソルヒーターが何台も登場、
電気ひざかけまで用意され、コートを着たままのディナーはさながらガマン大会の
様相(アンチ・エコでもある)。
階下のテラスではテーブルクロスが寒風にはためいている。
室内からバンケットのざわめきが聞こえたが、屋外に出たひとは寒さに
おののいてすぐ室内に引き返すだろう、と写真を撮った矢先、扉が開けられ
たくさんの人びとが出てきた。案の定、すぐに思ったとおりの展開になった。
この3週間後。4月最後の日は湯沢出張。
まちの桜も山の桜もいっせいに満開を迎え、山々の残雪との対比がきれい
だったけれど、平日のためか、まちを歩くひとも車もない閑寂な雰囲気は
もっとよかった。
5月の連休時、長野県飯綱町のしだれ桜。
首都圏より1カ月遅れて春が到来するこの町でも、例年より遅い開花と
いう。それほど大きい桜ではないが、下から見ると桜色の滝が降ってくる
ようで、なかなかの迫力。
同じ飯綱町の果物の産地・丹霞郷でも、例年は連休にモモやアンズなどの
花が見ごろとなるのにほとんど開花しておらず、馬が一頭、草を食んで
いるだけ。右の昨年の写真と比べてみてほしい。
同じく長野・飯山の西大滝ダムあたり。菜の花と桜のコントラストが美しかった。
大自然の中でみると、犬と散歩するひとにすら、時間・空間ともに
気持ちのよい豊かさを感じるのはなぜだろう。
前出の丹霞郷の開花は、連休の後半に続いた高温によって”挽回”され、
一挙に進んだと聞くが、その後、だいぶ経った現在も、温かくなったり
寒くなったりを繰り返しているようだ。
花や野菜だけじゃない、私たちの健康にまで関わってくる天候不順は、
今後も続くのだろうか?
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リゾート物件情報Webへ2010年05月 05日
草津の温泉落語
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リゾート物件情報Webへ2010年05月 04日
渋滞の関越道
やっとのことで、佐久平スマートインターチェンジに着いた。
ここの出口はわかりにくい。

※『スマートIC』とは、SA(サービスエリア)、PA(パーキングエリア)、
BS(バス停)に設置するETC専用のインターチェンジ。
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リゾート物件情報Webへ2010年04月 25日
安曇野市 満開の桜とわさび農場の猫
寒暖の差が激しすぎる今春。
桜の花期が長びいていた東京から安曇野市を訪れたら、こちらも
開花を迎えていたので、不思議な感じだ。
大王わさび農場では、冬枯れの木立に桜が満開になっていた。
遊歩道がつくられ、散策コースは縦横に伸びている。
どこからともなくよい香りが漂ってくると思ったら、梅も終盤の花を咲かせていた。
わさびの花も、ちょうど満開だ。わさび田の手入れをするスタッフ。
農場の中には、創業者夫妻の胸像や巨大なわさび、裸婦など、随所に
ブロンズが配置されている。
わさび田を前に語り合う少年少女のブロンズ。この構図、どこかで見たような?
3月下旬に取材で訪れた、お隣りの大町市。山岳博物館だ。
こちらはカモシカがまちを見おろす。
この後、再び博物館にも寄ったけれど、桜の蕾はまだ固い。
8世紀、中央主権に逆らい、抹殺されたという首領「八面大王」を
まつったというほこらもあった。
ひと休みは、農場を見わたす高台の茶屋で。
わさび蕎麦、わさびジュース、わさびの天ぷら。
春の匂いを嗅ぐ看板猫?お腹が大きかった。
夫?猫とともに、わさびのソフトクリームを手にしているお客さんに
しなだれかかる。
お客さんが冗談めかしてソフトを猫に向けた途端、すばやい猫パンチで
クリームの部分を奪った。
観光シーズンともなると、あちこちでこのような光景が繰り広げられるのだろう。
猫たちの”稼ぎ時”まで、あと少し…。
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リゾート物件情報Webへ2010年04月 18日
福井 若狭・鯖街道と熊川宿
京都から、朽木を経て若狭・小浜にいたる道を鯖(さば)街道という。
桜も満開で、ところどころに鯖を売る店が並んでいる。
滋賀県から福井県に入ると、若狭の町の熊川(くまがわ)宿になる。
昔、宿場町として栄えたところで、平成8年に国が定めた「重要伝統的建造物群
保存地区」として認定されて以降、伝統的町並みの復元に力を入れる。
下の写真の奥は、熊川宿の資料館。昭和15年に熊川村役場として建てられた。
道の駅もあり、街並みも少しずつ整えられている。
若狭や小浜はもともと滋賀県に属していたらしく、京都や大阪の影響を
強く受けている。
鯖街道の旧道に熊川宿がある。
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リゾート物件情報Webへ2010年04月 07日
和紙の里小川町と川越喜多院
小川町の道の駅には和紙の展示場があり、
街道沿いにも和紙の製造所をたくさん見かける。
細川和紙はその中でも有名らしい。
国道254号を進むと川越に着く。254号は川越街道で、文京区あたりでは
春日通りと呼ばれている。
川越は小江戸と呼ばれ、西武鉄道の特急電車の名前は、小江戸号という。
春日の局ゆかりの喜多院に立ち寄ってみた。
桜が満開だった。
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リゾート物件情報Webへ2010年04月 03日
東京ー隠岐日帰り調査
島根半島の北東約80kmの海上に位置する隠岐諸島のひとつ、
西ノ島へは、七類港からフェリーで2時間半。
ここは、歴史的には非常に古い島で、
後醍醐天皇が北条時高によって流されたところとしても有名だ。
律令時代に隠岐は遠流の地に定められ、以来近世まで一貫して
流刑の島として遠流刑に処せられた人々は数知れないといわれている。
その中には中央の史上に顕れる知名度の高い名士や高官もあって、
この島の文化や一般庶民の生活・風俗に大きな影響を及ぼしたと思われる。
そのため、島には史跡も数多く残されており、
黒木御所といって海に面し小山の上に住まいがあった。
小泉八雲も訪れているが、代々の天皇陛下や皇太子も来ている。
港の入り口には、見附島という監視島もある。
島での滞在時間は、3時間弱、すぐに帰らなければならない。
別府港から、中ノ島の菱浦港に寄って七類港に戻る。
菱浦港では、高校生達が友達を桟橋で見送っていた。
蛍の光が流れていて、フェリーが岸壁を離れると、ボーと長く汽笛を鳴らしていた。
船の別れは、とても感傷的になる。
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