2021年05月 27日
伊達邦直たちが開拓した当別町は北欧の雰囲気
戊辰戦争で負けた仙台藩岩出山城主伊達邦直は家来100人ほどでこの当別に移り開拓した。大きな石狩川も流れ、沼地も多く開拓は大変だったろう。トペッはアイヌ語で沼からくる川の意味らしい。




街は広い平野部がおおく、あちこちに目立つのは北欧風の建物。道の駅やスエーデン風建てものだけの分譲地もある。もう一つ、北海道のお土産白い恋人で有名なロイズの工場もある。大きな工場で二か所あったから、この工場で働く人も多く住んでいるのだろう。







札幌までも20キロほど、電車もあるから、通勤もできる位置にある。温暖化が進むとここらあたりが住みやすい街になるのかもしれない。まだ、5月の当別は寒かった。
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2021年05月 15日
北海道の湘南伊達市は住みやすそう
北海道南部にある伊達市は比較的温暖で海岸ではサーフィンする人もいる。

伊達氏ゆかりの地で,だて歴史の杜は市内の中心にある公園。市民の憩いの場となっている。市街はよく整備されていて、居住者も増えているらしいから人気のある街なのだろう。



郊外には、史跡北小金貝塚があり、4000年から8000年前にこの地に住んでいた人の遺跡がある。800年ほど前はこの地にはアイヌの人たちが多く住んでいた。



近くには登別温泉もあるが、途中にある伊達時代村は規模の大きさにびっくりした。こんな大きな時代村はどこにも見かけたことはない。



ひっそりとした倶多楽湖は、静かなたたずまいで好感の持てる湖だ。ここの湖畔で一日のんびりと過ごしたくなる。登別温泉も近くにあるから、飽きたら温泉に行けばよい。




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2021年05月 06日
小豆島の醤油工場
朝一番の高速艇で高松港から土庄港にむかう。

港には醤油や油の貯蔵庫が並んでいる。小豆島はオリーブで有名だが醬油工場も多いので佃煮もお土産品で有名だ。ほかにもソーメンの工場もたくさんある。24の瞳の映画で貧しい島のように思えるが、船を利用した交易が盛んな豊かな街だ。
醤油工場が、本日無料見学の看板を出していたので、中に入ってみた。






観光だけに頼らず、地域の特性を生かした産業が根付いている地域は、安定した生活ができるように思う。
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2021年05月 05日
高松築港の高松城とシンボルタワー
瀬戸内海航路の港には高松城がある。琴電の高松築港駅と接している。この天守閣からは、港が一望できるはずだが、いまは土台しかない。ゆっくりと高松駅周辺を歩いたことがないので、入園料を払ってお城を見学してみた。あたり一帯が広大な敷地だったが、徳川家のお城だったからだろうか、明治時代に廃城になっている。港に直結しているので、商業地として栄えたのだろう。








築港にはシンボルタワーがあるのでエレベーターで最上階まで行ってみた。高級なレストランや和食店があるが、営業時間は午后9時までになっていて出入りもあまりなさそうだ。町全体もコロナ過で活気はあまりなかった。高松の町は、栗林公園もあり、文化や伝統の感じられる、落ち着いたきれいな街だ。どこの県にいっても中心の町は、格式があり、誇りが感じられる。





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2021年04月 22日
御坊市の鉄道と道成寺
不動産関連の仕事で紀州鉄道の会員権や不動産を扱うことがある。不動産屋なのに鉄道の名前がついているのだが、果たして本当に線路があるのだろうかと疑問に思っていた。御坊駅に着いたら、紀州鉄道の電車が見えたので、駅員に写真を撮りたいと言ったら構内に入れてくれた。0番線ホームから、一両電車でお客はいなかった。予想外にきれいな電車で、短い区間だが何度も往復している時刻表があった。朝夕は乗る人があるのだろうが、結構運営は大変なのでは、と心配した。






駅前の標識に道成寺への矢印が見つかったので、お参りを兼ねて参拝した。
奈良・平安時代からの古いお寺で参道にはお店が並ぶが人はほとんどいなかった。駐車場はみんな有料だが、無料のお店があってそこに止めて参拝することにした。古い、立派なお寺で.安珍清姫の伝説は能や歌舞伎で演じられている。清姫に安珍は鐘楼の中で焼き殺されるのだが、その鐘楼跡が残っていた。






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2021年03月 25日
丹後半島先端あたりを一周
伊根市は丹後半島の先端、ここまでなかなかこれないので、海岸線を走ってみた。徐福神社があって、大陸から仏教を伝来するためこの地に上陸したという場所があった。2000年以上前の話で各地に徐福伝説はあり、実際にここに上陸したかどうかはわかりません。昔から日本は憧れの地だったのかもしれません。その地に生まれ住んでいることを大切にしたいと思います。




そこから戻って浦島太郎伝説のある神社に向かいました。この伝説も各地にありますが、この地が一番古い伝説の地ということです。



読者プレゼントのお土産もなかなか見つからないので、観光の中心地伊根の舟屋まで行きました。この入り江の奥まで入って伊根の舟屋の全体を撮影しました。生活の場が観光地になったもので、外観の美しさよりも生活の息吹が感じられるほうが見ていて楽しいものです。




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2021年03月 23日
懐かしい小諸懐古園
島崎藤村の詩、小諸なる古城のほとり雲白く遊子悲しむ、で有名な懐古園に久しぶりに行ってみた。いつ行ったかもわからないくらい昔に行ったので、どんなところかも記憶にない。詩の遊子の意味がよくわからなかったが、旅人の意味だ。ここがお城だとも思わなかった。関ヶ原の戦いで、徳川秀忠の大軍がここを居城に上田城を攻めたが、結局落とせず、秀忠は関ヶ原に間に合わなかった。徳川はその前にも上田城を攻め落とせなかった。




藤村の石碑もあった。夕暮れで桜が咲き始めている。
藤村はこの地で義塾の先生をしていた。そのころの懐古園はどんな感じだったのだろう。




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2021年03月 18日
人情味厚い光秀の居城 福知山城下町
新幹線で新大阪で乗り換え福知山駅に着いたのは午后9時をまわったところ。福知山は大雨で、ホテルまでは5分ぐらいかかりそう。場所もよくわからないので、駅前にあるつけ麺ラーメンの店で場所を聞いたところ、わざわざ外に出て行き方を教えてくれた。手に持っていたビニール傘を、良かったら使ってくださいと渡してくれた。このまま。5分も歩けばびしょぬれで大変だったろう。
翌日、明智光秀の居城福知山城に行ってみた。大河ドラマの影響か、結構人も集まってくる。大きな城ではないが、しっかりとした守り中心の堅固な城だ。








翌日、福知山駅まで出たので傘を返そうと寄ってみたが、営業時間外で閉まっていた。東京は大雨と天気予報で言っていたので、そのまま持ち帰ることにした。


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2021年03月 10日
横浜山下埠頭でガンダム始動
山下公園は学校を卒業してすぐ船会社の荷役の仕事をしていたので、懐かしいところだ。南米航路の船に荷物を積んで就航するまでの作業を段取りするのだが、当時は高度成長期で毎晩深夜遅くまで仕事をしていた。



この埠頭の一番奥にガンダムの館がある。入場料を払ってスナックも食べたが結構の料金だった。30分ごとに動くので食事中にも発進した。15分ほどの作動時間で終了。
見物する人も平日だけど結構いる。大きなガンダムが動くさまは迫力がある。




山下公園周辺は建物もきれいで街並みも美しい。東京にはこれだけ風情のある街は無いように思う。










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2021年03月 07日
真鶴岬先端の三石は遠足で来た
真鶴岬の先端にある三石は、小学校か中学の時の遠足で来たから、少なくとも55年ぶりだ。先端の三石までは気軽に行ったように思ったが、階段を上り下りしなければならず、結構きつい。当時は全く気にならなかったのだろう。




幕末、ここには砲台が作られ、外国船を警戒していた。江戸城のお堀の石もここらあたりから、掘られて送られた。





真鶴は、湯河原や熱海のように観光化されていないので、素朴な漁師町のように感じられる。魚介類を食べさせる店も結構人気がありそうで、コロナ過でも混んでいる。
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