2008年11月 12日
小豆島 サン・オリーブ温泉
道の駅、小豆島オリーブ公園内の施設としてサン・オリーブ温泉がある。
海を望む丘の上に建てられているので非常に景色が良く、
内湯からも、露天風呂からも、美しい瀬戸内海の風景を堪能できる。
内海湾の対岸に二十四の瞳映画村を望み、
その後方には四国本土の山並みが霞んで見え、まるで絵葉書のようだ。
公営の施設だが、館内の掃除も行き届いており、浴室内も清潔に保たれている。
フェリーの待ち時間に寄ってみたのだが、非常に気持ちの良い温泉施設だった。
入浴料は700円で、バスタオルとフェイスタオルのセットが100円で借りられる。
同じ建物内にはレストランもあり、名産のオリーブを使った料理も楽しめる。
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リゾート物件情報Webへ2008年11月 11日
琵琶湖畔 雄琴温泉
全国男性の憧れの地、琵琶湖の雄琴温泉に行ってきた。
今までは雄琴温泉を走行するときは、賑やかな歓楽街を横目に見ながら通り過ぎていたのだが、「あがりゃんせ」という名の日帰り温泉施設が新しくできていたので、温泉好きとしては寄らない訳にはいかない。
温泉ホテルに併設された大規模な施設で、温泉の他に和食屋・イタリア料理屋・焼肉屋などが館内に設置されている。
入館料は1,350円と高い気がするが、バスタオル・フェイスタオル・湯上り着がセットになっているので、長時間の滞在ができるようになっている。
琵琶湖を望む露天風呂に長い時間浸かって、のんびりできた。
最後に幾つかある内湯の浴槽の一つに浸かってみたら、非常にいいお湯で肌がスベスベしてくるので、たぶんこの浴槽だけが源泉だろうと思う。
確かに天然温泉、美肌の湯と表示はされていたが露天風呂では感じなかったし、内湯の他の浴槽に浸かってみても特にスベスベした感じはしない。
どの浴槽にも特別な表示はされていないので、たまたま気がついたが、
チョット不親切な気がした。
もっとも、表示してしまうと、その浴槽だけが混雑してしまうだろうが…。
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リゾート物件情報Webへ2008年11月 06日
岡山県倉敷市「美観(びかん)地区」
倉敷、とくに倉敷川を中心とした「美観地区」は、町おこしのその先・・・
町家(まちや)や蔵などの歴史的建築群や独自の文化を核に据えた地域振興の
成功例として知られる。文化庁選定の伝統的建造物群保存地区でもあり、
地域振興や観光客の誘致を目指す国の市町村にとっては、お手本のような
存在だ。
なだらかな低山を背景に、柳並木が影を落とす倉敷川沿いに白壁・なまこ壁の
町家(実際に人が住む)をはじめとした歴史的建築や大原美術館・アイビー
スクエア・倉敷民藝館、倉敷考古館が美しい町並みをつくる。
江戸幕府の直轄地「天領」として栄えた倉敷だけに、財・知の粋を集めた「美観
地区」の醸す雰囲気は、他の追従を許さない観も。
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リゾート物件情報Webへ2008年11月 04日
那須温泉 元湯 鹿の湯
「鹿の湯」は殺生石の直ぐ下、もうもうと湯煙をあげて流れる湯川を
またいで建っている。
木造の古い建物は明治時代に建てられ、玄関部分は大正時代に
建造された姿のまま現在に受け継がれてきた。
当然、温泉の歴史は古く、今から1270年前の正倉院文書の中に
その名が記録されているそうだ。
400円を払って入館すると男湯の浴槽は六つに分かれて、それぞれ
お湯の温度が41度、42度、43度、44度、46度、48度と表示されている。
六つの浴槽とも1坪程の広さなので、どれも4人も浸かると満員になってしまう。
お年寄り達は熱い浴槽に浸かっていたが、私は長湯がしたいので
一番低い41度の浴槽に浸かることにした。
硫黄の臭いがする白濁したお湯は強い酸性の泉質なので、湯あたりし易く、
本来は長湯には向いていないらしい。
掛け流しのお湯は浄化槽を通さず、そのまま湯川に流れ込むので
石鹸やシャンプー等は使えず、身体を洗うことはできない。
まさに古い湯治場の雰囲気そのもので、近代的な施設では味わえない
郷愁を感じさせてくれる温泉であった。
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リゾート物件情報Webへ2008年10月 31日
茨城県大洗町 潮騒の湯
大洗の「潮騒の湯」へ行ってきた。
この温泉は非火山性の温泉で、太古の地殻変動で
古い海水が地中に閉じ込められたもので、化石海水と呼ばれるそうだ。
要するに海水と同じ成分だが、温泉法では食塩泉に分類されるらしい。
ためしに少し舐めてみたが、海の水と同じくらい塩辛かった。
内湯のほかに、秋田県鳥海山の噴火岩を使って造られた大露天風呂や
大洗海岸の岩で造った露天の岩風呂があり、のんびりとお湯に浸かっていると
遠くで波が打ち寄せる音が聞こえてきてリラックスできる。
館内には海を望む大きなレストランが併設されているが、
この温泉施設は魚問屋さんが経営しているので、
新鮮な魚介類が割安な値段で味わえるようになっている。
11月からはあんこう鍋もメニューに登場するそうだ。
入浴料は平日1,000円だが夕方の5時を過ぎると600円で入れる。
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リゾート物件情報Webへ2008年10月 30日
福知山の転車台
小さい頃、電車の運転手になるのが、夢だった。
特急つばめや蒸気機関車の絵や写真をみて、
いつか乗ってみたいものだと、あこがれていた。
福知山に蒸気機関車の基地があった。
そこで蒸気機関車の向きを変える作業をしている写真を見て、
その迫力と熱気がとても強烈な印象を与えてくれたのを覚えている。
とても、遠いところなので、行けるとは思えなかったが、
50年以上経った今たどり着くことがやっと出来た。
昔の面影は無いけれど。
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リゾート物件情報Webへ2008年10月 27日
信濃路のほのぼのとした食堂「中仙道」
今日は蓼科方面へ現地調査です。
小淵沢ICを過ぎ、蓼科へひた走ると
蓼科のシンボルともいえる白樺湖が見えてきました。
残念ながら、紅葉を楽しむには未だ早かったですが、
秋の雰囲気を目いっぱい楽しみました。
すると…
グゥ?……
腹の虫がなり、食事を取りたくなりました。
せっかく信州まで来たのだからこの地ならではの食事をしたいと思い、
国道をひた走っていますと、
なんとも趣のある食堂「中仙道」さんが見えてきました。
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リゾート物件情報Webへ2008年10月 24日
曽爾(そに)高原温泉 お亀の湯
秋になると見渡す限りのススキの原が夕日を受けて黄金色に輝く景色で有名な曽爾(そに)高原へ行く途中に曽爾高原温泉お亀の湯がある。
まだ新しい温泉だが、泉質の良さが評判になっているので寄ってみることにした。
丁度、ススキのシーズンなので混雑を覚悟していたが予想以上に混んでいた。
入湯料は平日500円だが土日祝日は700円にアップする。
内湯には大小の浴槽があるが、小さい方の浴槽だけ源泉100%の掛け流しになっており、大きい浴槽と露天風呂は加水されているとのこと。
源泉風呂は評判どおり湯船に浸かるとヌルヌルとした感じで肌には非常に良さそうだ。
大浴槽も露天風呂も加水されている割には源泉風呂と変わらないくらいのイイお湯で、近畿圏では一番のような気がした。
※曽爾高原温泉・お亀の湯→公式サイト
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リゾート物件情報Webへ2008年10月 24日
大分→大阪。17時間船の旅 その2
夜は曇天で、海上に輝く月を見る事ができなかったのは残念。
予約の際に調べたら、この船は6月の濃霧の朝、明石海峡で漁船と衝突した
のだそうだ。
今回もスリリングなシーンが何度か。漁船の方が機敏に向きを変えてかわす。
ニアミスは珍しい事ではないらしいが、ぶつかる側にも、ぶつけられる側にも
なりたくないものだ…(≧≦)
大分港を16時に出航して、19時過ぎに松山観光港に寄港。
松山は水上交通の要所で、大小6つの港がある。フェリーや連絡線が発着する
のはこの”観光港”。広島と結ぶ連絡線の姿も見えた。
船はこの後2時間半かけて今治に寄港し、明け方に神戸へ着く。
夜が更けると、規則的なエンジン音と船が波を切る音のほかは何も聞こえない。
照明を落とした窓から望む、瀬戸内の島々にまたたく灯が美しい。島はいくつある
のだろう、その多さにあらためて驚かされる。
規則的に並ぶ神戸淡路鳴門自動車道の照明が見えなくなると、やがて明石海峡大橋をくぐる。時刻表によると4時36分だ。
神戸は近い!(と思ったが、あと1時間かかる)。
夜明けの空に浮かび上がる神戸港。右は欧州航路のコンテナ船。
停泊中に空が明るんだ。あちらでは北九州の小倉と神戸を結ぶ阪九フェリーが
ゆっくりと入港中。
20年ほど前に乗ったな?。震災後、船体に描かれたWe Love KOBEの
スローガンはその後塗り替えられたのか、見当たらない。
神戸を発って2時間あまり。朝焼けのなか、終着地である大阪南港と、わが国で
3番目に高く、大阪府庁舎の移転案が出ているWTCセンターのタワーが見えてきた。
着岸までたっぷり1時間はあるけれど、クルーたちはてきぱきと入港作業を
進めている。
のんびりするつもりだった17時間の航海中、結局、まんじりともせず…。
2時に瀬戸大橋をくぐったのは気づかなったから、2時間は眠ったのかな?
波の上独特の浮遊感覚とも、まもなくおさらばとは。何となく寂しい。
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リゾート物件情報Webへ2008年10月 22日
これより陸奥 白河の関
かつて坂東(関東)と大和朝廷の勢力の及ばない
蝦夷の国、陸奥とを分ける関であった白河の関は
当然、奥州街道である国道4号線沿いにあるだろうと思っていたが、
行ってみると市街地からかなり離れた田園地帯にあった。
江戸時代後期の寛政年間に白河藩主の松平定信によって、
この地が白河の関跡であると断定され「古関蹟」の石碑が建てられたとのこと。
この関を1200年程前に征夷大将軍の坂ノ上田村麻呂が
アテルイと戦うため、950年程前には八幡太郎源義家が
蝦夷討伐のため越えて行って、安倍貞任と戦ったのだ。
さらにその100年後には平家から逃れた源義経が
奥州藤原氏を頼って越えて行ったのだろう。
歴史上、何度も登場するこの白河の関が、
今は樹齢1000年にも及ぼうかという巨木の杜に囲まれて、
ひっそりと白河神社や石碑が佇んでいるだけで、
特に観光地化されていないことが不思議に思えた。
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